大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成元年(行ウ)30号 判決

原告

木村一男

右訴訟代理人弁護士

井上二郎

右訴訟復代理人弁護士

上原康夫

被告

地方公務員災害補償基金大阪府支部長中川和雄

右訴訟代理人弁護士

今泉純一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、昭和六二年二月一六日付をもってした地方公務員災害補償法に基づく公務外の災害であるとの認定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五五年一月一日、大阪府枚方市衛生部清掃第一事業所に技術職員として採用され、以後、同市穂谷川清掃工場(以下「本件清掃工場」という。)において、ごみ焼却等の作業に従事した。

2  原告の従事していた業務内容等について

(一) 原告が従事していた業務は、ごみ処理プラントでのごみ処理のほぼ全過程をカバーするもので、次の(1)ないし(3)の三種に分類される。

各班は、六名で構成され、班長一名が常時中央制御室で集中監視作業に従事し、原告を含む他の五名が(1)ないし(3)の作業を担当する。(1)は一名、(2)(3)は各二名で担当し、原告は、(1)ないし(3)を一週間ずつ担当していた。

(1) ごみクレーン関係の作業

ア ごみクレーン操作

ごみクレーンを操作して、ごみピット(ごみ貯蔵庫)に投入されているごみを吊り上げ、ごみ投入ホッパ(焼却炉への投入口)へ運ぶ作業である。

この作業は、真下を見ながらの作業なので、常に前かがみの姿勢をとっていなければならず、腰部への負担がかかる。

イ ごみクレーンのバケット(ごみをはさんで吊り上げる爪状のもの)の掃除、点検、整備等の作業

バケットにしばしば食い込んで付着している金属、ゴム等を鉄棒等を用いて取り除く作業や、バケットの機能を維持するためのグリス塗り等の整備作業等である。

右作業は、体全体を用いる重労働である。

ウ ごみ投入ホッパ周辺部の清掃作業、ごみクレーン室を始めとするごみクレーン階全体の清掃作業

エ 右アないしウの作業中は、ごみピット内のごみが放つ悪臭がひどい。

(2) 焼却炉関係の作業

ア 乾燥ストーカ、燃焼ストーカ、後燃焼装置等焼却炉の全過程の操作、処理、点検等の作業

イ 炉内における金属等の燃焼困難物の除去作業

炉内を監視しつつ、適宜、炉脇の小扉を開けて、先端が鉤状に曲がった鉄棒を炉内に入れ、ごみの厚さを均等にしたり、燃焼困難物を取り出したりする作業である。

体全体、とりわけ腰部に負担がかかる。

ウ 炉内の灰、異物等の除去作業定期的に炉を止めて、炉内に入って行う作業である。

不自然な姿勢を強いられる。

エ 炉周辺の清掃、燃焼困難物等処理作業

全体的に作業場所は狭く、急な階段の昇り降りも頻繁にある。また、炉周辺の作業は高温の中で行われる。

(3) 補機作業

プラント内における機械、装置全体の保守、点検、清掃作業である。

(二) 本件清掃工場の勤務体制は次のような三交代制勤務であった。

(1) 昼間勤務 午前九時から午後五時三〇分まで

(2) 昼夜勤務 午後五時から午前一時三〇分まで

(3) 深夜勤務 午前一時から同九時三〇分まで

(ただし、右各勤務のうち最後の三〇分はいずれも入浴時間である。)

右(1)(2)(3)を一週間ごとに繰り返す。したがって、三週間のうち二週間は深夜勤務を伴う夜間勤務である。

(三) 昭和六〇年四月から同六一年三月までの原告の月毎の時間外勤務時間は、別紙一(略)のとおりである。

3  本件腰痛の発症と治療

(一) 原告は、昭和六一年三月一四日、補機作業を担当し、午前中から、ごみ焼却炉の乾燥ストーカの後方部分において、右ストーカの垂直部分、押し込みロット(以下「プッシャー」という。)部分及び床の部分を監視しつつ、これらに付着しこびりついていた汚れを、先端に鉄ヘラのついた重さ一・二キログラム、長さ八三センチメートルの棒(以下「デレッキ棒」という。)を用いて取り除く作業(以下「本件作業」という。)に従事した。

同日午後二時三〇分ころ、原告が、中座位の姿勢で本件作業に従事しつつ、力を一杯入れて立ち上がろうとすると、腰部に急激な力が加わって腰部と背骨付近に痛みが発生した(以下「本件腰痛」という。)。

(二) 原告は、同日、田中衛(以下「田中」という。)医師の診察を受けたところ、腰部捻挫と診断された。

原告は、本件腰痛により就労が不可能な状態になり、田中医師の下に通院した後、次いで田坂兼郎医師、さらに谷掛龍夫医師の下に継続的に通院して治療を受けた。

4  原告の従事していた業務と本件腰痛との間の相当因果関係の存在

(一) 災害性の原因による腰痛

原告が従事した本件作業は、本件清掃工場で日常的に行われていたものではなく、当日急に行われることになったもので、原告にとっては、特別かつ突発的な慣れない作業であった。また、アーム状のプッシャーが前後に動いている、奥行き六四センチメートルの鉄板の上という狭く窮屈な場所で行うため、中座位という不自然な姿勢をとらなければできない作業であった。さらに、凸凹のある床面等にこびりついた汚れを鉄ヘラを用いて削り落とすために激しい力を要する作業であった。

原告が右のような性質を有する本件作業を行いながら立ち上がったことにより、原告の腰部に極めて大きい負荷がかかり、本件腰痛が発生したのであるから、本件作業と本件腰痛との間には因果関係が存在する。

(二) 非災害性の原因による腰痛(過労性の腰痛)

原告は、昭和五五年一月から本件腰痛発生に至るまで、約六年間、本件清掃工場において、三週間のうち二週間は夜間勤務のある三交代制勤務に従事し、残業の連続する勤務を行ってきた。

また、本件清掃工場における作業は、悪臭と高温の中での肉体労働であった。

さらに、本件清掃工場は、人間関係が複雑で、対立や反目も多く、いわゆるいじめに類するものまで存在した。

これらにより、原告は、本件作業当時、過労と精神的ストレスとが蓄積した状態にあり、かような精神神経疲労を伴う慢性疲労状態と、腰部に負担のかかる本件作業とが結合したことにより本件腰痛が発生したものであるから、原告の業務と本件腰痛との間には因果関係が存在する。

5  そこで、原告は、被告に対し、昭和六一年六月九日、本件腰痛につき、地方公務員災害補償法(以下「法」という。)の規定に基づき、公務災害の認定を申請したが、被告は、同六二年二月一六日、公務外災害の認定処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、被告の本件処分を不服として、地方公務員災害補償基金大阪府支部審査会に審査請求をしたが、同六三年二月一〇日、右審査請求が棄却されたので、同年五月一〇日、地方公務員災害補償基金審査会に再審査を請求したところ、平成元年二月一六日、右再審査請求棄却の採(ママ)決がなされ、同月二〇日、右裁決書の送達を受けた。

6  しかしながら、本件処分は事実の認定を誤った違法なものであるから、原告は、被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2について

(一) 同2(一)冒頭の事実のうち、班長一名が、常時、中央制御室で集中監視作業に従事すること及びごみクレーン関係の作業は一名、焼却炉関係の作業及び補機作業は各二名で担当することは認め、その余は否認する。

各班は、七名で構成され、(1)ないし(3)の業務以外にも、一名が担当する排水処理関係の業務がある。

(1) 原告は、昭和六〇年度は、ごみクレーン関係等の作業をほとんど行っていなかった。

ア 同2(一)(1)ア前段の作業内容は認め、後段は否認する。

イ 同2(一)(1)イ前段の作業内容は認め、後段の、体全体を用いる重労働であるとの事実は否認する。勤務交代前の約一〇分間の作業にすぎない。

ウ 同2(一)(1)ウの作業があることは認める。右の作業は、イの作業と同時に行う作業である。なお、ごみクレーン操作室の窓拭きは行っていない。

エ 同2(一)(1)エは知らない。

(2) 原告が焼却炉関係の作業に従事していたことは認める。

ア 同2(一)(2)アは認める。

イ 同2(一)(2)イ前段の作業内容は認め、後段は否認する。一時間に三、四回程度行われるにすぎない。

ウ 同2(一)(2)ウ前段の作業内容は認め、後段は否認する。班全体で行う作業である。原告は、昭和六〇年度後半はこの作業をしていない。

エ 同2(一)(2)エの作業があることは認めるが、その余は知らない。

(3) 同2(一)(3)の作業に原告が従事していたこと及びその作業内容は認める。

(二) 同2(二)(三)は認める。

3(一)  同3(一)のうち、原告が本件作業を命じられていたこと及び本件作業当時、プッシャーが前後に動いていたことは認め、その余は否認する。

原告には、当時、本件作業を、合理的な作業目的に従った方法で行おうとする意思がなく、原告の行動は、指揮命令下にある通常の業務という範疇から全く外れたものであった。

したがって、原告の行っていた動作は「公務」に該当しない。

また、仮に、原告に腰痛が発生したとしても、療養を要するようなものではなかった。

(二)  同3(二)のうち、原告が、田中医師の診察を受けたことは認め、その余は知らない。

4(一)  同4(一)は否認する。

災害性の腰痛について、公務と災害との相当因果関係が認められるためには、腰部の内部の損傷を生ぜしめたと考えられる通常の動作とは異なる動作による急激な力の作用があった場合で、その力の作用が公務遂行中に突発的なできごととして生じたと認められる場合であることを要する(労働省基発第七五〇号通達・地方公務員災害補償基金通知)。

しかし、原告の本件作業従事中の動作は、日常の動作と同種の動作又は原告の作業に伴う通常の作業動作であり、かつ、その負荷も、急激な外力が腰部に作用するようなものではなかったから、相当因果関係は認められない。

(二)  同4(二)は否認する。

原告が罹患したと主張する腰痛は、いわゆる急性腰痛症の範疇に入るものであり、労働による疲労とは無関係なものである。腰部に過度の負担のかかる労働作業による疲労によって発生する腰痛はいわゆる腰痛症であって、慢性に発生するものであり、急性腰痛症とは病因及び発生機序の異なる疾病である。

過労状態が急性腰痛症を発生させる重要な要因となるという原告の主張は医学的知見を欠くものである。

5  同5のうち、再審査裁決書の送達日は不知、その余は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する(略)。

理由

一  原告の経歴と本件処分等の存在

請求原因1、5は当事者間に争いがない(ただし、同5のうち、原告が、平成元年二月二〇日に裁決書の送達を受けたことは、弁論の全趣旨により認める。)。

二  本件腰痛の発症とその後の経過

(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、次の事実が認められる。

1  本件腰痛発症前の原告の勤務状況

原告は、中村秀雄(以下「中村」という。)と共に、昭和六一年三月一四日、補機作業の担当であった。原告と中村は、まず、午前九時から同九時三〇分まで、前日の深夜勤務班の作業の結果を点検するため、本件清掃工場内を巡回した。

本件作業は、年に二回、本件清掃工場に故障等の問題がない場合に実施される作業であったが、主任代行天谷道夫(以下「天谷」という。)と中村との間で、同日午前九時過ぎころ、本件作業を実施することが決定された。

原告と中村は、午前九時三〇分ころから同一一時三〇分ころまで、本件作業に従事した。原告は一号炉を、中村は二号炉をそれぞれ担当した。

本件作業現場は、長さ六四〇ミリメートル、幅二六三八ミリメートルの網状の台であって、本件作業当時、プッシャーは、一分間に約四、五回の割合で往復稼働していた。

中村は、午前一一時三〇分ころまでに本件作業を終えたが、原告は、作業のやり方に不十分な点があったので、中村から本件作業のやり直しを命ぜられ、午後も本件作業に従事することになった。

原告は、午前一一時三〇分ころから午後零時三〇分ころまで昼食をとる等して休憩し、同零時三〇分ころから同一時三〇分ころまで、炉内の燃焼状態の監視及び金属などの燃焼困難物の除去作業に従事した後、同一時三〇分ころから同二時ころまで、本件清掃工場事務所において、共済年金の改正に関する説明を受け、同二時ころから、再び本件作業に従事した。

2  本件腰痛の発症と診療経過

原告は、本件作業中であった午後二時三〇分ころ、右作業現場に腰を下ろして作業をしていたが、疲れを感じたので、右腰を下ろした状態から立ち上がろうとした際、腰部に力が入り、腰部と背骨付近に痛みが発生した。そこで、原告は、本件作業を中断し、本件清掃工場の事務員に付き添われ、同人の運転で田中外科へ赴き、田中医師の診察を受けたところ、第二、三腰椎棘突起付近正中線部に疼痛及び圧痛があり、約二週間の安静休業加療を要する腰部捻挫との診断を受けた。

以来、原告は、昭和六二年二月二五日まで田中医師の下で腰部捻挫との病名で、同年三月二四日から同六三年一月六日まで田坂整形外科医院の田坂兼郎医師の下で腰痛症(根性座骨神経病)との病名で、同六三年二月八日から平成元年六月一四日まで谷掛脳神経外科の谷掛龍夫医師の下で腰椎々間板ヘルニアとの病名でそれぞれ通院して治療を受けた。また、原告は、本件腰痛が発生した昭和六一年三月一四日に休職発令を受けて休職し、平成元年六月一五日に職場復帰したが、本件腰痛の回復が思わしくないことから、同年一〇月一六日から同二年一月一五日まで病休し(理由・腰部捻挫等)、同月一六日から休職発令を受けて休職した後、同五年一月一六日退職した。

以上の事実を認めることができるところ、原告は、本件腰痛発症時における原告の作業姿勢について、中座位の姿勢で力を一杯入れて作業をしつつ立ち上がろうとしたところ、腰部に急激な力が加わって腰部と背骨付近に痛みが発生したと主張し、右主張に沿う供述(第一、二回)をし、(証拠略)には右と同旨の記載がある。

しかし、いずれも原告が作成した書面である(証拠略)(公務災害認定請求書)、(証拠略)(被告宛て申立書)、(証拠略)(被告宛て申立書)には、本件腰痛が発症したのは、原告が腰を下ろした状態から疲れたので立ち上がろうとした際である旨の記載のあること、原告は、本件腰痛発症当時における作業姿勢及び右各書証の記載内容の矛盾について説明を求められたが、納得のいく説明をできず曖昧なままであること、原告は、本件訴訟において、当初、訴状で、本件腰痛が発生したのは腰を下ろした状態から立ち上がろうとした際であると主張していたこと、右認定のとおり、中村が、午前九時三〇分ころから一一時三〇分ころまでの間に本件作業を終えたのに対し、原告は、本件作業のやり方に不十分な点があったので、中村からやり直しを命ぜられ、午後も本件作業に従事することになったが、原告が中村と同様に午前中に右作業を完了することを困難とする理由は特段なく、また、(証拠・人証略)によれば、原告は、午後二時一〇分ころ、本件作業現場に布切れを広げてその上に足を組んで座り、デレッキ棒をプッシャーのシャフト部分に載せて前後に動かしていたが、かかる作業方法では汚れを落とすことはできないし、さらに原告は、同二時二〇分ころ、本件作業現場において、立ったままほうきを真上に放り投げていたことが認められ、右の事実からすると、原告の本件作業中の職務遂行の態度には、その真剣さが疑われるところがあったことを摘示することができるところ、右の諸事実に徴すると、本件腰痛発症時において原告が、中座位の姿勢で力を一杯入れて本件作業を行っていたとの原告の供述(第一、二回)及び(証拠略)は採用することはできず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

三  原告が従事していた業務内容等について

1  原告の属する班の構成

原告の属する班においては、班長一名が常時中央制御室で集中監視作業に従事すること、ごみクレーン関係の作業は一名、焼却炉関係の作業及び補機作業は各二名で担当することは争いがなく、(証拠略)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、昭和五九年九月までは各班の人員は六名であったが、同年一〇月から七名に増員したこと、排水処理関係の作業は一定の者が行うため、右作業に従事する者と班長を除くその余の五名が、ごみクレーン関係の作業、焼却炉関係の作業及び補機作業に、交代で従事していたことが認められる。

2  ごみクレーン関係等の作業

(一)  ごみクレーン操作

ごみクレーン操作は、ごみクレーンを操作して、ごみピット(ごみ貯蔵庫)に投入されているごみを吊り上げ、ごみ投入ホッパ(焼却炉への投入口)へ運ぶ作業であり、原告が右作業に従事していたことは、当事者間に争いがない(ただし、原告が昭和六〇年度も右作業に従事していたことは、(証拠略)及び原告本人尋問の結果(第一回)により認める。)。

原告は、右作業は、真下を見ながらの作業なので常に前かがみの姿勢をとっていなければ行えず、腰部への負担がかかる旨主張し、右主張に沿う供述(第一回)をする。しかし、(証拠・人証略)によれば、ごみを収集したトラックがごみピットへごみを投入する扉は六個あり、ごみクレーン操作室に近い方から順番に一ないし六の番号がつけられているが、本件清掃工場においては、ごみクレーン操作室から最も離れた六番の投入口から順に投入する決まりになっていること、ごみクレーン操作室の真下に当たる一番の扉からごみを投入すると、ごみクレーンの操作がしにくく、また、ごみピット内の水の排水口が詰まるおそれがあるため、右扉からは、原則として年末の繁忙期以外はごみを投入しないこと、昼間勤務の場合、ごみクレーンを操作してごみをごみホッパに投入するのは一時間に三、四回程度であること、ごみクレーン操作室の椅子は傾斜角度を調整できる構造になっていることが認められ、以上の事実からすると、原告の右供述のみをもってしては、ごみクレーン操作が通常の作業以上に腰部へ過度の負担をかける作業であると認めることはできず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

(二)  ごみクレーンのバケットの掃除、点検、整備等の作業

ごみクレーンのバケットの掃除、点検、整備等の作業は、バケットにしばしば食い込んで付着している金属、ゴム等を鉄棒等を用いて取り除く作業や、バケットの機能を維持するためのグリス塗り等の整備作業であること、原告が右作業に従事していたことは、当事者間に争いがない。原告は、右作業が体全体を用いる重労働である旨主張するので検討する。

被写体については争いがなく、撮影年月日及び撮影者については原告本人尋問の結果(第一回)により認められる(証拠・人証略)及び本人尋問の結果(第一回)によれば、右作業は、勤務交代前の約一〇分間に行われる作業に過ぎないこと、右作業のうち、グリス塗り作業は、昼間勤務の終了時にのみ行われるに過ぎず、かつ、天谷が班の主任代行の場合には実施されなかったこと、ごみクレーンのバケットの掃除は、バケットの爪の部分に、ベニヤ板、タイヤ、缶等のごみが挟まったり、突き刺さったりしている場合に、ケレン棒という鉄棒を使ってこれらのごみをたたき落とす作業であるところ、バケットの爪は先にいくほど細くなっているので、それほど激しい力を要しないことが認められ、右認定の事実によると、右作業は、体全体を用いる重労働とまでは認められないし、特に腰部に過度の負担がかかるものとも認められない。

(三)  ごみ投入ホッパ周辺部の清掃作業、ごみクレーン操作室を始めとするごみクレーン階全体の清掃作業

原告が右作業に従事していたことは当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果(第一回)によれば、右作業中の悪臭がひどいことが認められる。

(証拠・人証略)によれば、ごみクレーン操作室の窓ガラス拭きの作業は、外側にせり出した窓ガラスの下側部分が抜け落ちるおそれがあり危険であるため、ほとんど行われていないことが認められる。

3  焼却炉関係の作業

(一)  乾燥ストーカ、燃焼ストーカ、後燃焼装置等焼却炉の全過程の操作、処理、点検等の作業

原告が右作業に従事していたことは、当事者間に争いがない。

(二)  炉内における金属等の燃焼困難物の除去作業

右作業は、炉内を監視しつつ、適宜、炉脇の小扉を開けて、先端が鉤状に曲がった鉄棒を炉内に入れ、ごみの厚さを均等にしたり、燃焼困難物を取り出したりする作業であること、原告が右作業に従事していたことは、当事者間に争いがないが、原告は、右作業は体全体とりわけ腰部に負担のかかる作業である旨主張するので検討する。

(証拠略)、被写体については争いがなく、撮影年月日及び撮影者については原告本人尋問の結果(第一回)により認められる(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、右作業に用いるデレッキ棒は、約二メートル三〇センチ又は約三メートル二〇センチの長さであるが、中が空洞になっており、二キログラム以内の重さであること、右作業は、中腰になることを要せず、立ったままで行うことができること、右作業は、通常、一時間に三、四回程度行われるにすぎないことが認められ、右認定の事実によると、右作業が、体全体とりわけ腰部に負担のかかる作業であるとまで認めることはできない。

(三)  炉内の灰、異物等の除去作業

右作業は、定期的に炉を止めて、炉内に入って行う作業であることは当事者間に争いがなく、(証拠・人証略)によれば、原告は、昭和六〇年度を含め、右作業に従事していたことが認められる。

原告は、右作業は、不自然な姿勢を強い、腰部に負担をかける作業である旨主張するので検討する。

(証拠略)によれば、右作業は、午前中一杯、炉を止めて炉内に入り、石のようになった汚れ等を、ハンマーやピッケル状の道具を用いて落とし、炉内を清掃する作業であること、右作業は、本件清掃工場の職員の間で辛い作業と認識されていたこと、他方、右作業は、班全員で行う作業であり、一人の職員につき、数か月に一度回ってくるにすぎないことが認められ、右認定の事実を総合すると、本件作業が身体に及ぼす疲労等の影響は、次回の実施までに疲労回復する等解消することが可能であると推認することができ、そうすると、右作業が腰部に負担をかける作業であったとしても、それが身体に及ぼす影響はさほど大きいものと認めることができない。

(四)  炉周辺の清掃、燃焼困難物等処理作業

原告が右作業に従事していたことは争いがなく、(証拠略)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、右作業は、全体的に作業場所が狭く、急な階段の昇り降りが頻繁にあるところで行われるものであること、炉周辺での作業は高温の中で行われることが認められる。

4  補機作業

右作業は、プラント内における機械、装置全体の保守、点検、清掃作業であること、原告が右作業に従事していることについては、当事者間に争いがない。

四  本件清掃工場の勤務体制と原告の時間外勤務状況

本件清掃工場における勤務体制は、昼間勤務が午前九時から午後五時三〇分まで、昼夜勤務が午後五時から午前一時三〇分まで、深夜勤務が午前一時から同九時三〇分まで(ただし、右各勤務のうち最後の三〇分はいずれも入浴時間である。)の三交代勤務であり、右各勤務を一週間ごとに繰り返し、したがって、三週間のうち二週間は深夜勤務を伴う夜間勤務であったこと、原告が昭和六〇年四月から同六一年三月まで別紙一(略)のとおり時間外勤務を行ったことは、当事者間に争いがない。

五  本件腰痛の公務起因性について

1  右認定の事実によると、原告は、本件作業に従事していた際、本件腰痛を発症したものと認めることができる。

ところで、地方公務員災害補償法に基づく補償の請求をするには、右補償の原因である災害が公務により生じたものであること、すなわち右災害と公務との間に相当因果関係があることを要することは法四五条の規定から明らかである。そして、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、地方公務員災害補償基金理事長は、基金の各支部長が法に基づく災害補償請求を受けたとき、それが公務上の災害かどうかの認定を迅速・適正・斉一的に行うための指針として、右理事長から各支部長宛ての「公務上の災害の認定基準について」(昭和四八年地基補第五三九号)を発するとともに、腰痛の公務上外の認定基準に資するため、同様に「腰痛の公務上外の認定について」(昭和五二年地基補第六七号。昭和五二年、同五三年に改正。(以下「六七号通知」という。))を発し、さらに右基準の実施細目として、地方公務員災害補償基金補償課長から各支部事務長宛ての「「公務上の災害の認定基準について」の実施について」(昭和五二年地基補第六八号。昭和五三年改正(以下「六八号通知」という。))を発していること、右「腰痛の公務上外の認定について」及び「「公務上の災害の認定基準について」の実施について」の内容は、労働基準法施行規則別表第一の二第一号(災害性の腰痛)及び第三号2(非災害性の腰痛)の疾病に関し、労災保険における業務上外の認定基準として労働基準局長が発した「業務上腰痛の認定基準について」(昭和五一年基第七五〇号。(以下「七五〇号通達」という。))と同旨のものであること、七五〇号通達は、医学的な見地から腰痛について検討して定められたものであることを認めることができる。

右認定のような六七号通知及び六八号通知の内容及び性格からすると、これを本件腰痛の公務起因性認定基準として斟酌することは合理的であると解する。

2  原告は、本件腰痛は原告の腰部に極めて大きな負荷がかかったことにより発症した災害性の原因による腰痛である旨主張するので検討する。

六七号通知(〈証拠略〉)によれば、腰痛が公務上の災害と認定されるための認定基準として、「災害性の原因による腰痛」の概念を定めた上で、これに該当するための要件として、公務上の負傷(急激な力の作用による内部組織の損傷を含む。)に起因して発生した腰痛で、医学上療養を必要とするものであって、〈1〉腰部の負傷又は腰部の負傷を生ぜしめたと考えられる通常の動作とは異なる動作による腰部に対する急激な力の作用が、公務遂行中に突発的なできごととして生じたと明らかに認められるものであり、かつ、〈2〉腰部に作用した力が腰痛を発生させ、腰痛の既往症を再発させ、又は基礎疾患を著しく増悪させたと認めるに足りるものであることを要求しており、また、六八号通知(〈証拠略〉)によれば、災害性の原因による腰痛を発症する場合の例として、別紙二(略)のとおり定めていることが認められる。

そこで、本件腰痛が右基準や例に徴し公務起因性が認められるかどうかについて検討する。

前記認定の事実によれば、本件腰痛は、原告が本件作業現場に腰を下ろして作業していたところ、疲れたので右腰を下ろした状態から立ち上がろうとして腰に力を入れた際に発症したものと認めることができ、右の事実によると、本件腰痛は、通常の動作とは異なる動作による腰部に対する急激な力の作用によって発症したものとはいえないし、右例に徴してもその該当性を肯定することはできないから、右認定基準の要件に該当しない。

3  次に、原告は、本件腰痛は約六年間、複雑な人間関係の環境下で過重な労働に従事した結果生じた肉体的、精神的な慢性的疲労状態と腰部に負担のかかる本件作業とが結合したことにより発症した非災害性の原因による腰痛(過労性の腰痛)である旨主張するので検討する。

(一)  前記認定の事実によると、本件腰痛は、本件作業現場に腰を下ろして作業していた原告が立ち上がろうとした際に発症したものであり、これを診察した田中医師は、右疾病に対し腰部捻挫との病名を付けていることを認めることができる。そして、(証拠略)によると、本件腰痛のように発作的に発症する腰痛として「急性腰痛症」があるところ、右急性腰痛症は、その発症機転(ママ)が不明の場合が多く、その態様は多様であること、外因性の発症であることを強調するために、腰部捻挫との診断名が付けられることが少なくないこと、発症誘因となるのは中腰姿勢で、必ずしも重量物を扱うときではなく、むしろ比較的軽いものを持ったり、不用意に中腰姿勢をとっただけで発症することが多いこと、かかる急性発作を初発症状として、そのまま典型的椎間板ヘルニアに移行する症例もあること、以上の事実を認めることができる。

右の事実を総合すると、原告の本件腰痛は、急性腰痛症であると認めるのが相当であり、右急性腰痛症の発症態様が多様であることからすると、本件腰痛が原告主張のように原告の従事した業務による肉体的、精神的疲労によって発症したものと断ずることはできない。

(二)  次に、六七号通知による基準に徴し、本件腰痛が非災害性の腰痛と認めることができるかどうかについて検討する。

六七号通知(〈証拠略〉)によれば、通達は、腰痛が公務上の災害と認定されるための認定基準として「非災害性の原因による腰痛」の概念を定め、これに該当するための要件として、腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短時間(おおむね三か月から数年以内をいう。)従事する職員に発生した腰痛で、当該職員の業務内容、作業態様、作業従事期間及び身体的条件からみて、当該業務に起因して発症したものと認められ、かつ、医学上療養を必要とするものであることを要求し、右業務の具体例として、〈1〉重量物(おおむね二〇キログラム以上のものをいう。)又は軽重不同の物を繰り返し中腰で取り扱う業務、〈2〉腰部にとって極めて不自然又は極めて非生理的な姿勢で毎日数時間程度行う業務、〈3〉腰部の伸展を行うことのできない同一作業を長期間にわたり持続して行う業務、〈4〉腰部に著しく粗大な振動を受ける作業を継続して行う業務を挙げていることが認められる。

そこで、原告につき、右基準にあてはまるかどうかを検討する。

前記認定事実によると、本件清掃工場における作業のうち、ごみクレーン操作、ごみクレーンのバケットの掃除、点検、整備等の作業、炉内における金属等の燃焼困難物の除去作業及び炉内の灰、異物等の除去作業は、腰部に過度の負担のかかる業務とは認められないし、その余の作業についても、腰部に過度の負担がかかることを認めるに足る証拠がないこと、前記認定の事実と(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、辛い仕事の手を抜きがちであったこと、原告は、本件清掃工場で勤務を始めてから本件腰痛が発生するまでの間、腰部に異常が生じたことを自覚したことがないこと、原告は、本件腰痛発症後長期間にわたり安静加療を受け、その間、休職して職場の人間関係から解放されたにもかかわらず、本件腰痛は容易に回復しなかったことを認めることができ、右の事実と本件腰痛が急性腰痛症であり、かつ、非災害性の腰痛の発生機序と考えられる、筋、筋膜等に疲労があったこと(〈証拠略〉)を認めるに足る証拠がないことを総合すると、六七号通知所定の腰部に過度の負担のかかる業務に従事したという要件を充足しないし、肉体的、精神的な慢性的疲労状態等によって発症したもの(過労性の腰痛)とも認めることができない。

もっとも、(証拠・人証略)、原告本人尋問の結果(第二回)によれば、本件清掃工場の職員の間では、従前から腰痛が多数発生していること、原告は、三週間のうち二週間は深夜勤務のある三交代勤務に従事してきたこと、原告は、土曜日、日曜日の休日にもしばしば時間外勤務に従事してきたこと、本件清掃工場は、人間関係が複雑で、対立、反目の多い職場であることが認められるが、右事実を勘案しても右判断を左右するには至らない。

4  最後に、(人証略)は、本件腰痛には公務起因性が認められる旨証言し、また、右証言と同旨の(証拠略)を作成しているので、検討を加える。

(証拠・人証略)によれば、田中医師は、原告が中座位の姿勢で力を入れて本件作業をしていた際に本件腰痛が発生したこと、本件腰痛の発生した部位が、通常の姿勢をとっていた場合に生じる腰痛の発生部位である腰椎側部の筋肉又は第五腰椎骨盤付近とは異なる第二、三腰椎付近正中線部であったことを主たる根拠に、本件腰痛は、通常一般とは異なる姿勢により、又は、過重な労働負荷がかけられたことにより生じたものであると認め、本件腰痛について公務起因性を肯定する所見を下したことが認められる。

しかし、右所見は、前記認定の事実から明らかなように、本件腰痛発症時における原告の姿勢が腰を下ろした状態から立ち上がろうとした際であったのを、中座位の姿勢で力を入れて本件作業をしていたと誤認した事実を前提とするものであって失当といわざるを得ない。また、(人証略)によるも、同証人は、腰痛を発症せしめた姿勢と腰痛の発生部位との間の関連性を一義的なものと解しているものではないから、右の関連性のみから本件腰痛の公務起因性を肯定することができないことは明らかであり、いずれにしても、(証拠・人証略)は採用することができない。

5  よって、本件腰痛と公務との間には相当因果関係は認めることができないから、被告がした本件処分は適法である。

六  結論

よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 黒津英明 裁判官 太田敬司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例